大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成7年(ワ)3477号 判決 1998年5月18日

主文

一  被告らは原告に対し、各自金三八〇四万九五八〇円及びこれに対する平成六年七月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、被告昌和水産株式会社(以下「被告会社」という。)の取締役であった原告が退任するに当たり、社内規定に基づいて原告に退職慰労金を支払う旨の株主総会の決議があったのに、被告会社の取締役会は原告に対する退職慰労金の支払は未収売掛金の回収にかからしめる旨の決定をなしたが、右決定は原告に対する不法行為を構成するとして、被告会社に対し民法四四条に基づき、また、被告木村宣海に対し同法七〇九条に基づき、それぞれ退職慰労金相当額の損害賠償金の支払を求めた事案であるところ、主たる争点は右決定が不法行為を構成するかどうかである。

(当事者間に争いがない事実)

一  当事者

1 原告は昭和四四年一一月被告会社の取締役に就任し、爾来平成六年六月二七日被告会社の取締役を退任するまで、左のとおり間断なく被告会社の取締役または常務取締役を歴任した。

昭和四四年一一月 取締役就任

昭和五二年六月 常務取締役就任

昭和五九年六月 取締役就任

平成二年六月 常務取締役就任

平成六年六月二七日 常務取締役退任

2 被告会社は水産物及び水産加工品の販売等を目的とする株式会社であり、被告木村は平成二年六月被告会社の代表取締役に就任し、以来現在までその地位にある者である。

二  定時株主総会における決議

平成六年六月二七日被告会社の定時株主総会が開催され、同総会において、「退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件は、池田隅蔵、長野政彦両氏に対して社内規定に基づいて贈呈することとし、その金額、支給の時期及び方法等は、取締役会の協議に一任する」旨決議がなされた。

三  役員退職慰労金内規の存在及び同内規に基づく原告の退職慰労金の額

1 被告会社には別紙役員退職慰労金内規記載のとおり役員退職慰労金内規が存在する。同内規によれば、「常務役員の退職金は退職時の本俸月額の七五%を社員退職金規定の本俸に読み換えて同規定により算出した金額を基本退職慰労金とし、次の加算慰労金と併せて支給する」と規定されている。

2 右内規に基づく原告の退職慰労金の額

(一) 基本退職慰労金の算出

被告会社の社員退職金規定によれば、「退職金は最終の本俸に、二〇年以上勤続者については、二・〇〇を乗じた金額に勤続年数を乗じた金額とする」旨規定されている(同規定二三条)。原告の報酬額は月額一〇五万円であり、原告の取締役在任期間は二四年七月(二四・五八三年)である。なお、根拠は明確ではないが、被告会社の説明によると役員報酬の八〇%を本俸とするとのことであるから、原告の最終本俸は八四万円ということになる。以上から、役員退職慰労金内規に基づく原告の基本退職慰労金の額は三〇九七万四五八〇円となる。

(二) 加算退職慰労金の算出

役員退職慰労金内規一条によれば、加算退職慰労金は、役付取締役については一期(二年)につき六五万円、取締役については一期(二年)につき五〇万円を支給する旨規定されている。原告は役付取締役として常務取締役に通算五期と一年(一一年)、取締役に六期と一年七月(一三年七月)各在職した。役員退職慰労金内規三条によれば、在職期間が六月超一年以下の場合の加算慰労金の額は一期の加算慰労金の五〇%を支払う旨規定されており、在職期間が一年六月超の場合の額は一期の加算慰労金の一〇〇%を支払う旨規定されている。以上から、役員退職慰労金内規に基づく原告の加算退職慰労金の額は七〇七万五〇〇〇円となる。

3 したがって、原告が役員退職慰労金内規に基づき支給を受けるべき退職慰労金の額は合計三八〇四万九五八〇円となる。

四  平成六年六月二八日開催の取締役会における決定

1 被告木村は前記定時株主総会後である平成六年六月二八日取締役会を招集し、同取締役会では被告木村のほか、常務取締役森幸隆、取締役安部紘、同今津達夫が各出席した上、前記定時株主総会で取締役会に一任された「退職役員に対し贈呈する退職慰労金の金額、支給の時期及び方法」等が付議された。

2 右取締役会は、原告とともに前記定時株主総会において退職慰労金の贈呈を受けるべき旨決議がなされた監査役長野政彦に対しては、役員退職慰労金内規により退職慰労金を支給するべく決定した。

3 しかるに、右取締役会は、長野と同様に前記定時株主総会において退職慰労金の贈呈を受けるべき旨決議がなされた原告に対する退職慰労金の支給については、「売掛金回収分(甘木魚市場、玄海水産、土田水産)解決後役員会にて話し合うこととすること、又同売掛金の回収にあたらせるため原告に対し非常勤相談役を委嘱する」旨決定した。

4 原告に対する退職慰労金の支払を未収売掛金の回収にかからしめる旨の取締役会の決定(以下「本決定」という。)は、被告木村が提案し、同被告を含む出席取締役全員一致により可決された。

五  平成九年一月一三日開催の取締役会における決定

被告会社は、平成九年一月一三日に開催された取締役会において、原告に対し、退職慰労金として一九〇二万四七九〇円を同月三一日に支給するとの決定をなした。

(争点に対する原告の主張)

一  被告会社は平成六年六月二七日開催の定時株主総会において役員退職慰労金内規に基づき贈呈する旨決議しているのであり、同株主総会においては同内規に基づき算出された支給額よりも少額となる旨明らかにされていないのであるから、取締役会は同内規に基づき算出された金額を支給する旨決定する法律上の義務を負うのであって、被告会社の本決定は何ら合理的理由に基づくものではなく、かえって定時株主総会における社内規定に基づき贈呈する旨の決議の趣旨に反するもので、違法であり、不法行為を構成する。

二1  したがって、被告会社の機関である取締役会が不法行為を行ったのであるから、被告会社は民法四四条により不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

2  仮に右のようにいうことができないとしても、代表取締役である被告木村は平成六年六月二八日開催の取締役会を招集し、自ら本決定の原案を提案し、取締役会の議を経て本決定を得ており、代表取締役として、原告に対しその旨通告し、原告に対する退職慰労金の支払を拒むなどして、違法な本決定を違法である旨認識してこれを執行しており、右の各行為は「職務の執行につき」といい得るのであるから、本件は代表機関による不法行為ともいい得る。

三  被告木村は被告会社の取締役として本決定に賛成し、原告に対し直接不法行為をなしたものであるから、これによって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  よって、原告は被告らに対し、各自、不法行為に基づく損害として、本決定がなかったならば請求し得た役員退職慰労金内規に基づく三八〇四万九五八〇円及び本決定がなされた日である平成八年六月二八日から支払準備のために要する相当期間を経過した日である同年七月二八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(争点に対する被告らの主張)

一  役員の退職慰労金についても商法二六九条の適用ないし準用があり、「お手盛り」の弊害をなくすため株主総会において取締役会に一任するには一定の基準(株主からすれば最高限度額)が必要である。したがって、取締役会による具体的な支給決定は、当該役員の功労に応じ、役員退職慰労金内規の範囲内で合理的に定められることになり、同内規が機械的に適用されるものではない。

二  加算慰労金は「特に功労のあった者」に対して支給されるものであって、通常の役員としての職務を果たした程度では支給されないものである。基本慰労金についても、退職取締役(原告)の在任中の失態を理由として、合理的範囲で減額することは可能である。

三  具体的な支給決定がなされていないことが不法行為を構成するためには、取締役会が支給決定をしないことに合理的理由のないことが必要であるが、原告の在任中の失態の結末がつかず、合理的範囲での減額要素が流動的である本件では合理的な理由があるというべきである。

四  民法四四条は法人の理事その他の代表機関がその職務を行うについて他人に損害を加えた場合の規定であり、その職務とは「代表権の行使」にほかならない。したがって、被告木村が取締役会の構成員として行い、何ら対外的職務を含んでいない本件で、民法四四条によって被告会社が責任を負うことはない。

五  平成九年一月一三日開催の取締役会における決定は、従前の経過に照らして、遅延したものでもなく、支給金額も他の退任取締役と比しても相当である。

六  仮に本決定が不法行為を構成するとした場合でも、その損害額は、合理的な支給決定がなされたなら、決定されたであろう金額に止まるべきであり、原告の請求金額は過大なものである。

第三  証拠《略》

第四  争点に対する判断

一  不法行為の成否について

1  被告らは、役員の退職慰労金についても商法二六九条の適用ないし準用があり、株主総会において取締役会に一任するには一定の基準が必要であって、取締役会による具体的な支給決定は、当該役員の功労に応じ、役員退職慰労金内規の範囲内で合理的に定められることになると主張する。確かに役員の退職慰労金についても商法二六九条の適用ないし準用があるものというべきであるが、被告会社代表者兼被告木村本人尋問の結果を含めて、被告らの右主張に沿う的確な証拠はない。かえって、前記のとおり、被告会社は平成六年六月二七日開催された定時株主総会において、「退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件は、池田隅蔵、長野政彦両氏に対して社内規定に基づいて贈呈することとし、その金額、支給の時期及び方法等は、取締役会の協議に一任する」旨決議をしていることは当事者間に争いがないのであって、右決議は、その文言に照らし、具体的な金額の算出等は取締役会に任せるものの、原告に対し役員退職慰労金内規に基づいて退職慰労金を支払う旨決定したものであって、原告の功労に応じ、同内規の範囲内で合理的に定めることとし、場合によっては同内規に基づき算出された支給額から減額することを予定したものとは認められない。

2  また、被告らは、加算慰労金は「特に功労のあった者」に対して支給されるものであって、通常の役員としての職務を果たした程度では支給されないものであり、基本慰労金についても、退職取締役の在任中の失態を理由として、合理的範囲で減額することは可能であると主張する。しかしながら、株主総会においてその点について具体的な決議があった場合はともかく、被告会社の役員退職慰労金内規は別紙記載のとおりであって、被告ら主張の趣旨は明記されておらず、株主総会が同内規に基づいてと決議している以上、むしろ同内規の文言、体裁に従って、文字どおり、在職期間、常勤、非常勤の別に従って機械的に加算慰労金を算出するものと理解するのが相当であり、基本慰労金についても退職取締役の在任中の失態を理由として合理的範囲で減額することはできない趣旨とみるのが相当である。

3  さらに、被告らは、原告の在任中の失態の結末がつかず、合理的範囲での減額要素が流動的である本件では取締役会が支給決定をしないことに合理的な理由があると主張するが、右主張は、右のとおり株主総会が役員退職慰労金内規に基づいてと決議している以上、同様に理由がない。

4  そうすると、被告会社の取締役会における本決定は何ら合理的理由に基づいておらず、かつ、株主総会が役員退職慰労金内規に基づいて原告に退職慰労金を支払う旨の決議の趣旨に反しているものであるから、違法であり、不法行為を構成するといわなければならない。

5  そこで、原告は、被告会社の機関である取締役会が不法行為を行ったのであるから、被告会社は民法四四条により不法行為に基づく損害賠償責任を負うと主張するけれども、同条は法人の理事その他の代表機関がその職務を行うについて他人に損害を加えた場合の規定であり、取締役会は代表機関ではないから、取締役会が行った行為について被告会社に同条に基づく責任は生じないものというべきである。

6  しかしながら、《証拠略》によれば、被告会社の代表取締役である被告木村は、平成六年六月二七日に開催された被告会社の定時株主総会において役員退職慰労金内規に基づいて原告に退職慰労金を支払う旨の決議がなされたこと及び同内規の内容を承知しながら、同月二八日開催の取締役会を招集し、右決議の趣旨に反して、自ら本決定の原案を提案して本決定を得て、その後、代表取締役として本決定を執行するに至っていることが認められるから、被告木村の右の職務行為に基づいて、被告会社には民法四四条による不法行為に基づく損害賠償責任が認められる。

7  そして、被告木村は被告会社の取締役として本決定に賛成したのであるから、原告に対し直接不法行為をしたものということができ、これによって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  損害額について

1  以上によれば、被告会社の役員退職慰労金内規に従って原告の退職慰労金を算出すると三八〇四万九五八〇円となることは当事者間に争いがないから、本件不法行為に基づく損害は、本決定がなかったならば請求し得た右退職慰労金と同額の三八〇四万九五八〇円及び本決定がなされた日である平成六年六月二八日から支払準備のために要する相当期間を経過した日である同年七月二八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金であると認めるのが相当であり、被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害として、右三八〇四万九五八〇円及び前同日以降完済に至るまで同割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求はいずれも理由がある。

2  なお、被告会社が平成九年一月一三日に開催された取締役会において、原告に対し退職慰労金として一九〇二万四七九〇円を同月三一日に支給するとの決定をなしたことは当事者間に争いがなく、被告らは、右取締役会における決定は、従前の経過に照らして、遅延したものでもなく、支給金額も他の退任取締役と比しても相当であると主張するとともに、仮に本決定が不法行為を構成するとしても、その損害額は合理的な支給決定がなされたなら決定されたであろう金額に止まるべきであると主張するが、右のとおり被告会社の役員退職慰労金内規に従って原告の退職慰労金を算出すると三八〇四万九五八〇円となるのであるから、右取締役会で決定した支給金額は相当ではなく、原告に退職慰労金を支払うこととした平成六年六月二七日の株主総会からの経過年数に照らし、右取締役会の決定は遅延しているものというほかないし、原告に対する退職慰労金を三八〇四万九五八〇円と算定するのが合理的な支給決定というべきであるから、被告らの右主張はいずれも理由がない。また、平成九年一月一三日開催の取締役会でなされた支給決定に伴う支払がなされた旨の主張はないし、原告に対し右支払がなされていない以上、被告らの損害賠償すべき額に影響を及ぼさないことは明らかである。

第五  結論

以上の次第で、原告の請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条を、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(平成一〇年三月二三日口頭弁論終結)

(裁判官 和田康則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例